毎日がアルツハイマー2 寄稿文

top+.jpgsaku.jpgppc+.jpgpro.jpgkan.jpgcome.jpgjou.jpgyoko.jpg

topkikou.jpg


kikoutitile.jpg

アルツハイマー病は万人が怖れる病気である。「廃人」になったのと同じと考える人が多い。実際にこれまでの映画では、人間の脳の働きが数年で失われていく姿が描かれ、「お涙頂戴」的内容ばかりであった。
しかし、実際のアルツハイマー病はそんなに早く進行しないし、進行してもその人らしい性格と人間として通常の感情に彩られた自分の世界を持っているものである。そして、日々の生活の中で以前のようにうまくできないことで悩んだり落ち込んだり、時には「嘘も方便」的に非現実的な言い訳をしたりする。医学的にはそれらを取り上げ「取り繕い」や「作話」といった症候とされるが、彼らにとっては良好な人間関係を保つために、そして抜け落ちる記憶に対して自己防衛しながら、アルツハイマー病と闘い生き続けている人間の証しともいえる。
例えば、お孫さんがオーストラリアに帰るときのエピソード(※1)を取り上げてみよう。孫が帰国してしまう寂しさが見て取れるし、同時に娘である関口監督(息子に帰られてしまう母親)に対して「息子に捨てられたな・・・」と慰めと教育的な思いが込められた言葉を発している。そして、その翌日からしばらく自室でふさぎ込んでしまう。これらすべては、祖母として、母親として、そして一人の人間としての正常な思いが凝縮されたシーンとして印象深い。これまでの認知症関連映画は、いかに現実の出来事をもとにしたとしてもそれらが再現される段階で多かれ少なかれフィクション性がどうしても加わったと判断できるが、この映画は紛れもないノンフィクション映画であり、認知症の人の生の姿を見事に映し出している。
また、関口監督のおおらかで太っ腹なところは、自宅映像を公表するというだけでも大したものと感心するが、実は認知症介護という面から大いに参考になる。現実を受け入れ、患者である母親を受け入れ、しかもご自身の役割を果たすとともに仕事も充実させている。必要なところはいろいろな社会資源や制度、マンパワーも利用する。認知症医療・介護ではご本人の問題以上に家族をいかに支援するかが重要であるが、包括的な療養生活環境を整えるために何が必要かを見事に描いているといえる。とくに、今回の「毎日がアルツハイマー2」では本場の英国まで取材しパーソンセンタードケアについても詳細に取り上げられているので、認知症の人のご家族だけでなく医療・介護関係者には非常に参考になる。
次に、前編「毎日がアルツハイマー」で描かれた症状と今回描出された症状を比較して頂ければ、数年の間で大きく変わってないことにも気付かれると思う。このように、進行はゆっくりしていることをぜひ理解しておいて頂きたい。そして、アルツハイマー病になっても豊かな感情の世界を持っていること、現実の中で必死になって頑張っていること、ご本人が一番つらいことなどの理解が深まれば、認知症とはそれまで築いた歴史や人的繋がりの中で一人の人間が尊厳をもって生き続けることの証として捉えられると思う。そしてもう一つ、映画に出てくるお孫さんたちがみんな優しい人間に育っていることも見逃さないでほしい。彼らは人間として大切なものを無意識に感じ取って成長していると思う。神様はアルツハイマー病と闘う関口家に、その苦労以上のものを残してくれているのではないだろうか。
最後に改めていうまでもなく、以上のように多くの観点からこれまでの映画とはまったく異なっており、認知症のより深い適切な理解につながることから、万人にぜひ観て頂きたいと素直に推薦できる。

脚注 ※1:「毎アル1」でのエピソード